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2017年11月21日火曜日

To sue or not to sue その3 高山善行(2005)の問題点(2) データの整理が不適切である

高山善行(2005)は「人」を修飾する名詞句を次のAとBのタイプに分け、様々な語との共起を調査した。

Aタイプ 「活用語+人」
Bタイプ 「活用語+む+人」

ここで言う活用語は動詞、形容詞、助動詞である。「む」のあるBタイプは「む」のないBタイプに比べ種々の共起制限(co-occurrence restriction)があるというのが高山氏の結論であるが、AとBのタイプで共起例の数に大きな差がある倍は数値を記しているが、ない場合は記していない。また、調査した用例数がAタイプとBタイプで大きく違うが、その母数も考察の箇所に示していない。方法の箇所に以下の数字があった。

Aタイプ 748例
Bタイプ 127例

母数が6倍近く違うことに注意されたい。高山氏が数字を示しているのは以下である。

共起対象 Aタイプ Bタイプ
時間表現  55例   1例
場所表現  74例   1例
人の複数  94例   1例
数の多寡  20例   1例

理系の論文であれば、いや、人文系でも多くは、母数を入れて20/748と1/127のような書き方をする。高山氏の書き方は読者に不親切であり、母数をその場に書かないことで、AタイプとBタイプの差が強調されることを意図したと疑われ、理系の論文では注意される。母数の6倍弱の違いを考慮しても有意でありそうであるが、計学的検定が望まれる。

萬葉学会の査読者や編集者の論法であれば、検定がないことを理由に不掲載にしたであろう。芥川龍之介の「侏儒の言葉」の「批評学」の項の「木に縁って魚を求むる論法」である。査読者Q氏の意見はク語法の真実 その0 萬葉学会の不掲載理由に示した。それに反論したところ、その後に編集委員P氏から「構文的理解が示されていない」ので「モーダルな解釈が変わって」くる云々、「成立組成の意味が、そのまま文の意味や用法の意味になることもあれば、そうでなくその語法の意味として使われることもあり」、「実際に歌われたことばの解釈が、「はっきり知覚される」にこだわることもない。意味的には現行の解釈でも十分理解できる」云々と、萬葉学会の論文審査には一事不再理という考えがなく、新たに理由を探し出して何が何でも不掲載にしたいのかと思わさせられた。しかしP氏は私の原稿を読んでいないか読んだが理解できなかったかのいずれかである。P氏の指摘は多数の用例の現代語訳を読めば回答済みとわかるはずである。閑話休題。

高山氏が数字を示していないのは、モダリティ形式、存在詞述語、テンス・アスペクト形式との共起である。高山氏は「Bタイプでは,存在詞述語,テンス・アスペクト形式が生起しないという事実が確認できた」と述べているが、Aタイプとの共起のわずか3例ずつを示しただけで、母数が6倍近く違う両集団の間に有意差が確認できるのだろうか。このような結論を言うためには統計的検定が必須であろう。統計学は客観的帰納と言えるが、高山氏の推論は主観的な帰納である。演繹的手法と言いながら、高山氏がここで用いたのは帰納法である。黒いカラスを何羽見たとしても、カラスがすべて黒いと結論するには帰納法を用いなければならない。Bタイプの共起が1例ずつあるということは白いカラスが1羽ずついたと言うことである。それでは帰納も難しい。

白いカラスが1羽ずついることについて、時間表現、場所表現のBタイプの例はどちらも特定の時間や場所を表わすものでないとして、人の複数、数の多寡のBタイプを未来の事態の想像として、それぞれ事後に除外している。結果を見て事後に判定基準を変えるのは望ましくない。このような「えこひいき」を行なったデータを掲載するのは論文の数値の信頼性を著しく損なう。この論文を掲載するためには、Aタイプのデータにも同じ判断基準を適用した上で数値を計数し直さなくてはならない。

最後に前回の引用を繰り返す。

「公表された作品については、みる人ぜんぶが自由に批評する権利をもつ。どんなにこきおろされても、さまたげることはできないんだ。それがいやなら、だれにもみせないことだ。」

藤本弘(藤子・F・不二雄)氏の「エスパー魔美」からの引用である。「法華狼の日記」さんのサイトに詳細な解説とそれに対する読者の反論と議論がある。セリフに漢字が少ないことから窺えるように、この漫画は小中学生を読者と想定したものである。自分の論文が批判されて怒っていたら理系の研究者はやっていられない。相互批判は学問の共同体の当然の権利であり、それが学問を発展させるのである。この当然すぎる常識を萬葉学者たちが受け入れてくれることを祈る。


引用文献
Reichenbach, Hans (1951) The Rise of Scientific Philosophy.
Popper, Karl (1959) The Logic of Scientific Discovery.
Popper, Karl (1972) Objective Knowledge: An Evolutionary Approach.
北原保雄(1984) 『文法的に考える』(大修館書店)
和田明美(1994) 『古代日本語の助動詞の研究ー「む」の系統を中心とするー』(風間書房)
高山善行(2002) 『日本語モダリティの史的研究』(ひつじ書房)

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